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- なぜ日本のネット空間は「2ちゃんねる的」なのか - pikarrrのブログ (via edieelee)
日本のネットコミュニケーションで成熟した「2ちゃんねる的」コンテクストを、嫌う日本人は多い。「実生活」のコミュニケーション空間の延長上の穏やかで生産的なコンテクストを求める人々がmixiやツイッターへ向かう。
mixiは「足跡」として閲覧でさえ顕名にすることで徹底的に匿名性を排除するよう設計されている。互いに目を見て監視し合うことによって「空気」が伝わりにくいというフラストレーションを排除する。
ツイッターは、140字という字数制限と、他人とのコメントの連続性を断ち切ることで、徹底的にコンテクストを分断し「空気」の発生を潰す。それとともに結果的にツイッターの正義を支えるのは「上からの声」の機能である。
2ちゃんねるで有名人が発言がむずかしいのは、フラットなコミュニケーション空間の中に埋もれてしまうことと、2ちゃんねる的コンテクストが「上からの声」を排除するためである。それに対して、ツイッターでは有名人は優位である。「一般人」よりもフォローが集まりやすく、コンテクストの連続性を支る役目として発言権をもち、小さなマスメディアとして作動する。擬似的ではあるが、「実生活」のコミュニケーション空間と近い状況であると言える。
マスメディアにおける、2ちゃんねるがタブー視されるのに対して、ツイッターが取り上げられやすいのはこのような小さなマスメディアとして管理しやすい面をもつからだ。
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