さて、そのような兄からの褒め言葉を桐乃が期待していたとするならば、四巻ではついにその願いは果たされます。以下の台詞があったからこそ、桐乃は満足げな笑みでスポーツ留学に行く事ができたのでしょう。
このシーンは、京介と一晩一緒にゲームをやった後、桐乃が「陸上を始めた理由」を明かした場面です。
陸上部のスター、高坂桐乃が抱く初志は、周囲が抱くイメージよりも、ずっと泥臭くて、ガキっぽくて、ごく普通の、人間らしいものだったのかもしれない。
「すっげえな」
「え?」
つい漏らしてしまった俺の呟きに、桐乃がはっと顔を上げた。 p277
ここで桐乃が「はっと顔を上げた」仕草は、おそらくシリーズ中で並ぶものはない、最も涙を誘うものだと個人的には思っています。すごい、なんて言葉はもう慣れっこなはずの桐乃が、そのたった一言に息を飲み、さも意外だったかのように、その言葉が本当に発せられたか確かめるように、京介と目を合わすんです。
その言葉がなによりも、兄から発せられた「すごい」だったからこそ。他ならぬ兄が、やっと褒めてくれたからこそ、桐乃は背中を押されてスポーツ留学へと踏み切る事ができたのではないでしょうか。
周りはこんなにも評価してくれているのに、ずっと兄からの褒め言葉がなかった桐乃。思えば、この直前の場面で見せた小学校の成績表も、「がんばりましょう」から「とても良く出来ました」という褒め言葉に変わって行っています。
そんな周りの評価はたくさんある中で、ずっと待ち望んでいた兄のたった一言を、桐乃が聞くことができたからこそ「すっきりした」表情で兄貴に別れを告げる事ができたんです。
もう少し詳しく、なぜこうも「すっきり」しているのかを考えると、より一層この言葉が何事にも代えがたいものであったかが、理解できると思います。
もしもこの言葉がなければ、正直言って桐乃は苦虫をかみつぶしたような顔で「あっそ、じゃあね!」バタン、なんて言いながら別れることになったんじゃないかと思いますよ。だってこの場面、本来なら告白シーンだったんですから。京介の「選択肢の間違え」さえなければ。
”- 俺の妹研究室:【俺妹批評】原作第四巻レビュー